好奇心で生きてる

短編や書きたいことをつらつらと。

ありふれた理由を重ねて【短編】

世界は愛で満ちている。
世界はキラキラ輝いている。
世界は楽しいことで溢れている。

どれもこれもが正解だ。どれもこれもが正しい。
愛はそこらへんに転がっているし、キラキラと輝くものは多くて眩しいし、楽しいことで溢れかえった世界は今日も明日もその先も続いていく。
どれも本当のことだ。誰もがそれを分かっているはずだ。自分が享受できるかもしれないそれは、確かに世界に存在している。

だから、私は、幸せになれる。
いつか、この世界に満ちている幸せに触れることができる。
そう信じて生きてきた。
信じずには生きられなかった。
だけれど、もう、いい加減に諦めなよと自分自身が呟いている。
私の世界に『幸せ』はなかった。
周りに見えていた幸せは、私の周囲を囲む透明な板で塞がれているようだった。
手を伸ばそうとしても、その頑丈で冷たく恐ろしい透明な板が、私の指先を凍らせた。
こちらに手を差し伸べてくれる、優しい人もたくさんいた。それなのに、私は、その優しく暖かそうな指に触れるより前に、体を小さくして蹲った。
一度も幸せになんてなれなかった、なんて、自分可愛さに言っているだけだ。本当は、私だって、幸せになれる機会はたくさんあったはずなのに。勝手に透明なバリケードを作っては、幸せを拒絶したのは、私だ。幸せが怖くてたまらなかった。一度でも幸せに触れてしまえば、二度と冷たい檻の中に戻りたくなくなってしまうと思った。
そうして、勝手に引き込もって、勝手に傷ついて、勝手に自己嫌悪するような甘ったれな私が、幸せに身を投じることなんて初めからできやしなかったのだ。
一瞬、ほんの、一瞬だけ、一人の人と指先が触れ合えた。温かくて、それは指先だけじゃなく、体全身に伝わっていた。泣いてしまいそうな一瞬の幸福と、笑えるくらいの絶望感だった。
ああきっと、私がこの人のぬくもりから離れたとき、私は壊れるのだろうと思った。そして思った通り、そのあたたかな手を自ら離した。私はワガママで卑しく傲慢な人間で、一瞬の幸せを感じたとき、「もっとたくさん」と強請っていた。
こんな私では、手酷く手を解かれるに違いないと、そう思った。怖かった。自分が壊れることよりも、私の醜悪さがその人に伝わるのがなによりも怖かった。
そうして結局、私はまた勝手に一人で泣いている。
どうすればよかったのだろう。私は、私のこの醜さを、持ちたくて持ったわけではないのに。自分がなによりも一番嫌いなのに。どうしたら、私は、よかったのだろう。
こたえなんてでるはずもなく、ただ、「もしも生まれ変わったら、またあの人のような人と出会いたい」と思いながら、目を閉じた。
次に生まれてくるときも、きっと、世界は愛で満ちている。