トンカツLOVERS【短編】
私の目の前にいる友人は、はっきり言って変わっている。
クラスに一人はいる、『虐められたりはしないけれど、どこか浮いてる人』。そんな感じ。
そんな友人と『友人』の関係になったのは、忘れもしない、半年前のあの日ーーー。
「は……。急に呼び出したと思ったらなに、別れるってどういうこと!?」
この日、私は高校最後の定期試験が終わってウキウキしながら帰宅した。大学は指定校推薦で決まっていたし、次の連休には彼氏と旅行する計画をたてていた。交際一年記念の、初めての旅行。
ホテルや交通機関の予約も完了していて、現地ではどこを観光しようか、などとデートの度に話すのが楽しかった。
そんな彼氏から、帰宅と同時にLINEの通知。開けば、「今から会えないか」という内容で、ウキウキな私はもちろん速攻で「会いたい!」と返事をした。
制服を脱ぎ捨てて、歳上の彼に合わせた背伸びした私服に着替えた。彼と付き合いはじめて一年、私はずっと『オトナ』に憧れていた。
指定されたカフェへ行き、彼氏の後ろ姿を見つけた。歳上で、仕事をしてて、背が高くて、スラリとしてて、整った顔をした、自慢の彼氏。彼氏の横には知らない女性が座っていた。
もしかして、といやな予感、それも確実に当たるイヤな予感がしていたのに、私は二人に近づいて、「こんにちは」と声をかけた。
早い話が、私は浮気相手だった。
一年も二股をかけることができるなんて余程マメな人なんだなあと変に冷静な部分で思いつつ、口からは彼を責める言葉が飛び出した。
彼の横に座っている女性は、『オトナ』で綺麗な人だった。私が背伸びをしてなりたいと思っていたような女性だった。私に勝てるところは、なにひとつない。
私は簡単に捨てられ、予約してしまったホテルや新幹線のキャンセル料を彼から後日支払われることが決まった。あっさりとした幕引き過ぎて、そんな事務的なことでまだ彼と繋がっていることが不思議だった。
バイト代を貯めて買ったコートだった。
好きだったゲームや漫画を売ったお金で買ったスカートだった。
友人との交際費を削って買ったバッグだった。
全部が全部、俯いた私の目に映っては滲んでいった。
「人間なんてみんな悪いやつだよね」
雑音だけが頭に響いていた中、突然くっきりとした声が耳に届いた。知らない声だった。
びっくりして俯いていた顔をあげると、目の前には知らない人。あれ、彼と彼女はーー?
「あの二人ならちょっと前に帰ったよ。あなたに何言ってもずっと俯いてるし。男の人の方は謝りながら席をたっていたけれど」
私の心の内を読んだかのような明瞭な答えだった。そうか、そうだったのか。私はどこかトリップしていたようだ。
「隣の席だったからさ、聞きたくなくても耳に入っちゃって。で、あなた本当に全然動かないから大丈夫かなって。心配で話かけちゃった。大きなお世話だったらごめんね」
「……あ、いや、大丈夫です。すみません」
隣の席に目を向けると、トマトソースのかかったトンカツが雑穀米の上に乗せられたワンプレートがあった。ランチ中の大学生?らしい。
「いやいや、大変だったね。あの男はもちろん悪いけど、隣に座ってた女も性悪だった。こんな歳下の女の子に向かってあんなこと言わなくていいのにね。はあ、ほんと、人間って根性悪いやつばっかり」
「歳下の女の子…」
ガン、とした衝撃だった。私は、私なりに今も『オトナ』を目指した格好をしているつもりだ。それを、初めて会った人に『歳下の女の子』と断言されてしまった。
「あれ?高校生くらいかと思ったんだけど、違った?なんか、背伸びしてるな〜って感じの格好をしているから…」
その言葉を聞いて、一気に涙が溢れ出した。ああ、そうだとも、私は精一杯の背伸びをしてきたさ!全部全部、空回りの、みっともない、恥ずかしい、ああ…!
「あ、すみません、このトンカツのプレートもう一つください」
私が嗚咽を漏らしながら泣いているというのに、目の前にいる人間は店員を呼んでメニューの注文をしていた。なんだこいつは。店員さんの視線が痛いからやめてほしい。
そうしたかと思えば隣のテーブルから自分の分のプレートを持ってきて、再び私の前に座る。
手にスプーンを持っているけれど、まだ食べる気はないらしい。
店員が私の前に同じトンカツプレートを置く。こちらは湯気がたっていて、香りも強かった。ぐう、おなかが鳴る。そういえば、今日はまだお昼食べてなかったなあ。
「このトンカツ、とても美味しくない?」
もうすっかり冷めてしまっている自分のトンカツを齧りながらその人は言った。
私はアツアツでサクサクのそれを食べた。きっと、目の前の人が食べたかったのは『これ』だったろうと思いながら、私は完食した。
そのとき出会ったのが、この友人。話せば、私が推薦で行くことが決まっている大学の先輩だった。半年が経ち、大学に入学したあとずっと行動を共にしている。
今日のランチは『二人の出会いの場』であるカフェだ。
もしあのときこの人と出会っていなければ、このカフェにくることは二度となかっただろう。
こんなに美味しいトンカツをだす店は他にないので、そうならずによかった。勿体ない。
あれから、元彼とその彼女には会っていない。
どこかでばったり出くわしてもいいはずなのに。
いまごろ、あの二人はどうなっているのだろうかーー。
「今日は天気がいいね」
ぼんやりと考えていた思考に友人のくっきりとした声が入り込んでくる。私はこの瞬間がわりと好きだった。
「そうだね、テラス席空いててよかった」
二人して同じメニューを注文して、先に持ってこられたアイスティーをちまちまと吸う。
この友人とこのカフェにこられるのは、今日で最後だ。
友人は、明日、日本をたつ。
海外にいる両親のもとへ行くことが、一年前から決まっていたらしい。日本に帰ってくる予定はなく、数日前、友人は大学を辞めた。
ああ、私の大切だと思う人はみんな、どうして私のそばから離れていくのかーー。
「まあなに、地球の裏側でも、この空は繋がってるよ」
またしても、心を読まれた気がした。
二つのトンカツプレートが運ばれてくる。
トマトソースのかかった、分厚いトンカツ。
アツアツでサクサクのそれを、友人は一口齧った。