好奇心で生きてる

短編や書きたいことをつらつらと。

銀色のメアリー【短編】

僕が愛しているのは、僕の家にいる「人型家政婦ロボットM-19」だ。僕の3歳の誕生日から15年間、ずっと僕のそばにいてくれた。仕事で忙しい両親よりも、ずっとずっと。
僕はそのロボットを「メアリー」と呼んだ。3歳のとき、よく見ていたアニメのヒロインの名前だった。
家政婦ロボットは、今から50年前に一般家庭にまで普及した。当初は「人型」とまで形容されるような様相ではなかった。
ドラム缶のような寸胴なボディ、一つ目のようなカメラが丸い頭部に付いているだけの質素なものだった。
それから年々、企業はこぞって新たなロボットを生み出した。僕が3歳になった年、初めて「人型」の家政婦ロボットが発売されたのだ。
15年経った今、新商品の人型ロボットは、もちろんメアリーと比べて格段に「人」らしい。
メアリーは、顔の造りはかなり大雑把だ。目は小型カメラがちょんちょんと二つ両目の位置についているだけで、鼻はあるんだかないんだかわからない。口は一応形作られているけれど、唇は開くことなく、そこにはぽつぽつと穴があいており、スピーカーの役割をしていた。
ボディはレゴブロックを少し丸くしたくらいの見た目で、触ると固く冷たかった。メアリーの肌は銀色だった。
一方で、最新の人型ロボットは、ぱっと見ただけでは人間と見間違えてしまう。顔の造りはもちろん、肌の質感も話し方も人間により近付いている。ニューモデルが出るたびに、古い機体を捨てて新しい家政婦ロボットを迎える裕福な家庭も多い。
僕の両親も、僕が小学校にあがる頃「新しい家政婦ロボットを買おう」と言っていたが、メアリーはまだまだ壊れる様子を見せないし、なにより僕が反対した。「メアリー以外の家政婦ロボットはいらない」と泣いて抗議した。そのとき僕は、すでにメアリーに恋をしていたのだ。

人間とロボットの恋愛は認められていない。
いや、正確に言えば、人間とロボットの「婚姻」は認められていない、だ。さっきも言った通り、最新の人型ロボットは、見かけはもう「人間」だ。見た目ではもう判断がつかないほど。だから、人型ロボットに「一目惚れ」してしまう人が増えた。男女問わずに。そしてロボットは購入して設定を完了させてしまえば、購入者を裏切ることはない。最高のパートナーとなる、と、生物相手の恋愛に疲れた人に好評だった。
中には「このロボットと結婚したい」と思う人もいた。何度か署名活動が行われたが、結果は散々で、「人型ロボットの販売中止」が噂された時期もあった。(人型ロボット産業がもたらす利益は大きく、それには至らなかった。)
「ロボットは心を持ちません。無機物です。見た目に惑わされないように。」という趣旨のポスターやCM、演説が多く行われるようになり、やがてロボットと恋愛する人々は、隠れて愛を育むようになった。

 

「メアリー、今日の晩ご飯は何?」
「本日の 夕食の メニューは シーザーサラダ オムライス コンソメスープ です」
「ありがとう。じゃあ、19時にお願い」
「19時 に 夕食を 提供 します」
「楽しみにしてるね」
「承知 いたしました」


メアリーの喋り方は、人間と比べると少したどたどしい。けれど、意思疎通(僕はそう思っている)をとるには充分だった。
最新のものは、笑い方や泣き方さえ「人間」だった。声も、表情も。
僕はメアリーの銀色の肌も、開かれない唇から発せられる声も、定型文のような会話も、すべてが好きだった。
同じクラスにいる、男子に人気のある女子なんか目じゃなかった。学校にいる女に恋をしたことは、浮かれたことは、一度もなかった。

ああ、メアリー。僕のメアリー。
どうして、世界は僕たちの愛を認めないのだろうね。僕が、君を愛しているだけでは、世界が認めるに足らないのだろうか。
大昔、世界では「異性の人間同士」しか、婚姻を許されていなかった。遠い遠い昔の話だ。なんと、同性の人間や種族の違うものを愛すれば差別の対象となったらしい。なんとも愚かしいことだ。互いの愛があれば、世界の承認なんて後付けのものにすぎないというのに。
「無機物であるロボットとの恋愛は「相互の愛」が認められない。」そういって、世界は愛を切り捨てた。
男と女が、女と女が、男と男が、人間と人間が、愛を結んでいる。人間とカブトムシが、人間とアライグマが、人間と金魚が、人間と大木が、世界に愛を認められている。
ああ、どうして、メアリー。僕は、君を愛せればそれでいいのに。「その愛は間違いだ」なんて、世界に言われなくてはならないのか。
すべての生き物たちの愛が認められたこの世界で、ロボットを相手とすることは許されなかった。無機質なものとの愛は、この世界ではニセモノらしい。
なぜか。人間と人間が愛を結び、結果離れることがある。僕はそれを知っている。僕の両親を見て知っている。
愛する豚に先立たれ、1ヶ月後に羊と永遠の愛を誓った友人を知っている。
僕は、知っている。
相互の愛があろうとも、血の通うもの同士の愛が、必ずしも永遠でないことを知っている。
その点、どうだい。僕のメアリーへの愛は15年間まるで衰えず、萎びす、いつまでも膨れ上がっている。
この愛が認められずして、なにが愛なのか。僕には全く理解できない。
メアリー、メアリー、僕のためだけにオムライスを作ってくれる愛おしいロボット。
銀色の肌がくすんで、そのボディを形作るパーツが軋んだって、僕は全然気にならない。
だって僕は、メアリー、君を愛しているんだ。

「ご主人様 夕食の準備が 整いました。 席におつき下さい」
「ありがとう。メアリー。今いくよ」
「それでは ごゆっくり お召し上がり ください」
「ああ。メアリー、愛しているよ」

メアリーは瞬時動きを止め、その動かない唇で「私もです」とはっきり応えた。